昭和52年12月28日 朝の御理解



 御理解 第1節
 「今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。」

 今天地の音を聞いて、目を覚ます。私どもが例えば朝の御祈念にお参りをするという時、けたたましゅう鳴る枕時計のベルで、目を覚ますこともあれば、自ずとその時間に目が覚めることもあります。今天地の開ける音を聞いて、目を覚ますと言う事は、天地の音というのは、開ける音というのは、どう言う事だろうか。まあいろいろに頂いて参りましたけれども、一日のうちに何回も天地の音を聞くことがあるとか、又はたまたまいうなら心の中に、まあ笹葉の動くのを見ても心が開ける。
 偉いお坊さんたちの場合は、蓮の花の開く音を聞いて大きな悟りが開ける、と言った様な風にいろいろ言われます。私このことを、神様に今朝お願いさせて頂いておりましたら、あの『土万寿(どろまんじゅう)』を頂くんです。よく子供のときによくあの土饅頭というのを作りましたよね。どう言う事だろうかと。私だからその土饅頭というのは、例えば字で書いてみてですね、どろは土です。まんは数のあの一万二万の万。じゅうを寿ね、いうならば万の寿と、土万寿(どろまんじゅう)。
 自ずと開ける自然に目が覚める。これが大体一番まあいうならば、目覚めがよいと言う事になるのじゃないでしょうか。眠いけれども何かけたたましゅう音がして目が覚めると。日のうちに何回も天地の開ける音を聞くと言う様な事は、様々な言がありますね。そういう時にね、ふっとこう心の中に悟りの様なものが開けてくる。人の悔やみ話を聞きながら、はっと悔やみ、自分の心の中にそれとは反対の言が開けて来る言がある。
 昨日姫路の中山さんから、また手紙が年末の御礼をこめてまいっとりました。合楽に何回かしか参った言がありませんけれども、段々拝む事の有り難さ、信心の有り難さ、教えのありがたさと言う様なものが、まあ分ってゆきよんなさるような感じ。あちらでラーメン屋を開いてある。先日も息子さんが大変繁盛のおかげを頂いておるのですけれども、今日はもう売れなかった。
 「今日は店がとてもひまだった」と言うてその悔やまれた。その時に中山さんが言っておられることは、「毎日、忙しゅうお使いまわしを頂いて疲れておるから、今日は神様が休みを下さったようなもんばい」ちゅうて言うた。「ああ、ほんにそげんそげん思やあよかの」ちその息子が言いよった言う言が書いてあるんです。息子の悔やみを聞いて心の中にほんとその、「この方の道はもう喜びで開けた道、だから喜びでは苦労はさせん」とおっしゃる。だから悔やんだんでは、おかげにならん。
 心一つで全てを創ると同時に心一つで全てを壊すことになる。そう言う様なものが、ふっとこう心の中に浮かんでくる。こういう受け方があった。そういう受け方によって、いうならば心が開ける。まそういう例はこりゃまありますから、日のうちにやっぱそういう様なことは、いくらもある。腹の立つような問題が、例えば起こっても、それを朝の御理解なら御理解をふっと心の中に頂いて、それがほんとに黙って治められると言う言が、有難いと気づかしてもらう。
 以前の自分だったら大変なことだったろうけれども、信心させて頂く様になって、それが自然に受けられる。腹が立つどころかそういう心の状態を自分で有難いと思うと言う様な、自然に、いうなら目が覚めると。私今日土万寿(どろまんじゅう)と言う事は、そう言う様な事の積み重ねだという風に思うんですね、いうならばあの土(どろ)の信心と言う言が言われます。天の心地の心。天の心というのはもう限りない美しい心。地の心というのは黙って受けぬく心。
 そういういうならば黙って受けぬく、しかも有難く受けぬくという、土(どろ)の信心がね、いわゆる万の寿という、万寿(まんじゅう)のおかげになってくる。昨日研修の時に、佐田先生の弟さんが御本部へ務めておられます。昨日参拝してみえて、昨日泊まっておられる。昨日の御理解を頂いてまさしく、まあ昨日の御理解のとおりだという、どこがそうかと思うておったら、今度教監が「新年に思う」という、お正月にお話をなさるのが送ってきておった。こう言う言を話される。
 その話の中に、合楽で私が言って折る様な事を、例えば和賀心というのを「やわらぎよろこぶこころ」と表現したり、最近私が言っておる、「お道の信心は、願いの信心だ」と言って折る様な事が、今度の教監の話の中に、「本来、信心というのは願いが、まあ真だ」と言った様な事を表現しておられると言う様な話を、昨日皆さんに聞いてもらいましたよね。それを聞いてその先生が言われるのです。「実はこの前参りました時に、ここの合楽理念を語る。
 それからここの教典感話を頂いて帰って、布教部長先生にそれをさしあげた。そしたらそれをこうやってご覧になってから、こりゃあま、大変な本だという意味のことを言われた」とこう言う。そしてそれをまあ、その布教部長先生が、あの教監がお話になる話のすじなんかは書かれるわけですね。「だから合楽の、いうならば、教えを頂かれたその後にあれが書かれたんですから、確かにそうでしょう」と言うわけです〈佐田先生が〉。「合楽で言って折る様な事が書いてあるね。
 それをただ思いつきではなくて、それにヒントを得て書いてある。布教部長が書かれるのだから、しかもその前に私が本をさしあげとったから、今日の御理解いただいて、そんなことはあるまいけれどもと私は言っとるけれどもま、合楽で言っ取る様な事が書いてあると。」と言う所を聞きながら、「いややっぱそりゃそうですよ」というわけなんです。まそんな話を研修の時にいろいろさせて頂いてからでしたが、とにかくまああちらの偉い先生方の中に、もう棒にも箸にもかからんごと。
 それこそまあ佐田先生の今の言葉を借りるとね、「もう合楽のことをもう糞味噌んごと言う偉い先生方がある」て。かというとまた半分には、「もうほんとに、まあもう今後の金光教の建て直しは合楽の行き方で行かなきゃあいけん」というほどしのこと。学院にあの教典感話と「合楽理念を語る」を持ってゆきました。ところが教典感話は、あの頂くけれども、「合楽理念を語る」というのは、まあ受けられない。
 どう言う事であったかと、私が思うておりましたら、今金光教の信心の基礎作りをしておるのが、先生のいうなら基礎作りをしておるのが、学院での勉強なんだと。それにもうここに一つの理念と言った様なのが纏められて折る様なものを一遍に解らしたらいけない。それ聞いてやっぱ成程と思うたんです私も。「はあ成程」と。けれどもねならその合楽理念というのが、ほんとのお道の教師を志す人達に対して、それがあの合楽理念を基礎としたら、もっと素晴らしかろうになと、私また思ったんです。
 今度学院生が、全国のいろいろな教会に実習に参ります。去年は希望だったか、合楽にも何人もみえた。うちの学院生は期せずして泉尾教会に行った。ところが今年は学院のほうで、「お前はどこの教会へ。お前はどこの教会へ」と言う所になる。それが行くところが、みんな私ども知らない教会ばっかりですけれども、そのあんまり人が助かっていない教会、それでも真面目に真剣に、そのお取次ぎの御用をなさっておられると言う様な教会が選ばれておるような感じなんです。
 そして布教の現場というものが、こんなにも険しくて、こんなにもそういう中に修行があって辛抱強うなからにゃあいけないよと言った様な事を、ま勉強させようという意図の下にそういう教会が選ばれたのであろうと、私は思うわけです。人がどんどん助かっておる所と言った様なもんじゃなくて、まあほんとに女の先生が一人で細々と、ま教会を維持しておられる。
 そのまあいうならばそれが非常にまあ模範的な先生、真面目でそれで辛抱強くて、信者は一日に一人参ってくるか参ってこんかわからんと言った様な教会の所もあるらしい。そう言う所に、なら実習生が修行に行くわけなんです。けれども私はそれを聞きながらねえ、とてももう金光様の御信心、先生になってからこげん辛抱したり、こげん苦しい所を通らにゃならんば、もう途中で止めるごたあるとが出てきゃせんじゃろかと。合楽の修行生なんかは、いうならいつも合楽を見ておる。
 私を見ておる。だから親先生の生き方を身につけさえすれば、末永先生じゃないけれども、私の言うことの実証が出来ると確信しておる。それが例えばそれとは反対のところに行って、そういう、いうならお道の先生は、こういう難儀の中にでも、こういう辛抱やらこういう修行がいるんだということを見てくるのはどうか、非常に回りくどいように思う。そしてそれが、なら十年経ち二十年経ち三十年経ちして。
 それがなら一門の教会になれれば、まだ増しだけれども、それでもし御ひれいを立つこともなかにゃ、輝くことも無い様な事であったら、成程金光教は、寂れてしまう。金光教はほんとに、学院生の一人一人にそういう、今金光教は大変な、まあ言うならば曲がり角にあって、どんどん信者が減って行っておる様な状態だと言った様な事もま、聞かせ聞かされるらしい。レポートにそれが書いてある。それよりかね、金光様の御信心をさしていただきゃ、こういう行き方になりゃこういう
 風にいわば助かって、そして沢山の人から、神様のように崇められる行き方がここにはあるんだよと、そう言う所を何処に、その御ひれいのもとがあるのか探ってこいと言ったほうがよかろうと、私は思うんですけれども、まそりゃ学院のその方針ですからね。まそう言う様な話が出ました後にでしたが、ほんとに合楽を素晴らしいと言う人、もう棒にも箸にも掛らん様に言う人。
 けどどう言う所が、そういう棒にも箸にも掛らん様に言われるのであろうかというて、これはねだからそういう人の声も聞かなければいけない。そして改まるところは改まっていかなければいけない。これでよいとはさらさら思っていないから。ところが合楽教会は、自分の教会のことだけを一生懸命立派にしたり、拡張したりして、御本部に対するお供えが少ないと言う事が、原因らしいんです。そういやもう御本部に対するお初穂というものは、ほんとにまあ少ないのですからね合楽の場合。
 そういう余裕がないんです。いつもいうならば借金を持ってそれが、いつもこう返済される。本部のほうの、あの関係の銀行すら合楽は利用しとるくらい。というてさあなら自分の趣味や好みで、教会を美しうしたり広げたりしとるのじゃない。もうどうにもでけんから、やはり借金をしてからでも家を大きくしていかなきゃいけない、例えば。なら今度も何億かかる、例えビルができるというてもです。まあだ合楽には修行に行きたいという人がいくらもある。
 だからそれを受け入れることのためには、どうしても借金をしてからでも、内容を屋敷も広めたり、家も広めたりしていかにゃならんから、御本部に対するお初穂と言った様なものは、もうほんとのお初穂である。だからこの辺の所がです、私がいうならばもう限りなく美しい心、天の心とはもういよいよ限りないもの。与えて与えて止まない美しい心。私はそういう天の心で、本部に対し例えば、いうなら合楽教会がいよいよ立派になったり発展したりすることは、金光教が立派になったり発展したりしておるんだと、もう私というものはさらさらない。
 昨夜そのことを神様に、合楽はこういうわけで評判が悪いと言う事だと言う事を、神様に、あのまいうなら、お届けをさして頂きよりましたら、『もう、合楽全体のものにも大きな、あのこういう熨斗が掛けてあるとこを頂いたんです。』ならこれは、もういうならば、合楽にある、もし財産がそこにあるなら、もう身も心も同時に、ある一切のものは神様の御物だと私は思うておるんです。ですから結局お初穂というのは、私のものと一つも思っていない。どんなにそれ僅少であっても。
 いうならば、羽釜でご飯ができる。その中から、お初穂、御神飯をお供えするようなものであって、だから沢山の、ならここに財が集まってきたからというて、なら私のためにその財を使おうとは、もうさらさら思うてもいない。だからこう言う事は、例えば私が説明をしてもわからないだろう。同時にいろいろ神様の深い思いとか願いがあってからのことでもある。
 例えば戦時中に、飛行機のお供えをした人が、途端に難儀をしだした。そのことをお取次ぎさしていただいたら、使うことのできん時に使うたから、丁度『あの草履が、雨の日に履いた草履を、雫がぼたぼた落ちよるのを下げて、ぶら下げてあるところ』をいただいた。お天気の日に草履を使った。いうなら人殺しの材料を献納、自分が献納したつもりであるばってん、天地の親神様の、小さい日本と言った様な事を考えたら、日本が勝つことのために献金だけれど、大きな天地の親神様の眼からご覧になると。
 その人は人殺しの材料をお供えしたことになるから、これは天地の気感に適わなかった事。私が例えば今、ならここに、なら沢山の金が余ったからというて、今の私は絶対御本部にはお供えしないでしょう。ほんとに例えばここぞとという時があれば、今言う様にもう身も心も、いうならばここにある家、倉財産のすべてがもしあるとするなら、そのすべてが神様あなたの御物ですから、いよいよあなたのお心に添わなきゃならんという時には、もうそのままお供えができる心の準備だけはでけております
 。なるほど美しいという心でも、親孝行という心でも、普通人間的な親孝行の時には皆が認めるけれども、本当の意味での親孝行ということはわからない。それをまあここではいうならば、道徳と言った様な事でも、合楽の場合は道徳的ではなくて超道徳だと、常識と言った様なものでも、常識ではない超常識だという風に、まあ私言っとるわけ。引き揚げて帰った当時、お商売をさせてもらいます。例えば出張に出て宿屋に泊まりますと、卵がこう生卵が出てきます。
 そうするとそれを食べずに、私紙に包んで鞄の中に入れといて、帰ってそれを親に頂いて貰う。その時分の私どものうちは、卵なんかが買えるような状態じゃあございませんでしたから。もう自分が食べずに、「今朝、あのお汁を炊く時に、こりゃ入れてじっちゃまに卵入れてやってくれ」と、例えば家内に申しますと、家内がもう大変な感動で、それを受け止めて、「もう親ちゃあ、こげんも大事にせんならんもんだろかと思う」というふうに言っておりました。
 だからそう言う様な、親孝行の時には、もう誰でも感心します。私親教会に対して、もうそれこそもう一から十まで、あの親先生、親先生、親教会、親教会と言うておった時には、もうそれこそ説教の材料になるような、おかげをいただいておった。ところがその親教会、親というものがです、なら肉親の親とか教えの親とかを、もう一つ大きな親に孝行しようと言う事になってきて、それを行じ出したら、合楽は人非人だという風に言われるようになった。
 だからこれは夕べも私丁度十一時ごろここへ出て参りましたら、まだそこの控えで佐田先生たち二三人でお話をしておった。なら丁度久留米の佐田さん所から帰って来た連中と十人位だったでしょうか、また暫く今の話をさして頂いた事でしたけれども。私がならこれは肉親の親に対する、もうそれこそ合楽の信心は親孝行が始まりだと、合楽理念の根本は親孝行からだと言われておる私が、私の肉親の親に、ならしてきた親孝行というものは、見る人が見たら、「はあ親先生は冷たい」と言うたかもしれない。
 まあ例えて言うならば、申しましたことでしたけれども、私が純毛のシャツを着ておる時には、父はメリヤスの襦袢を着ておりました。私が普通あの純毛では、例えばここへ今着ておるようなシャツを着せて頂く様になったら、父が純毛のシャツを頂くようになりました。もうそれこそ九十三にもなるまで、「足を揉んでくれ、腰を揉んでくれ」と言うたことがなかった。なら実際に揉んでやるのが親孝行か、それこそ足腰痛いと言わんで、有難い有難いと言っておるのが親孝行。
 手を下すのじゃあない、神様から大事にしてもらうという親孝行。一週間に一遍しか、私は両親の部屋に行かなかった。もうその一週間に一遍の夕食を一緒にするとが、大変な喜びであり楽しみであった。ほんとは親孝行ち言うたら、毎日行ってまあ撫でたりさすったりしてやったり、美味しいものもうそれこそ私が行きますと、押入れを開けて、もう甘な辛ながいっぱいありました。もう誰かが持ってきてくださる。もうあちらはもう極楽部屋だとみんなが言うくらいであった。ですから私の親孝行というのはね、もう神様だけしかご承知じゃあないという親孝行。
 もう限りなく美しゅうならにゃ、もう限りなく美しゅうならにゃというて、物も人にどんどんやったり、お金を平気で皆に、こう振る舞ったり、お供えでも沢山のお供えがどんどんでけたり、というまあ一つ私のは向こうにある。かというてんなら、ここの全財産にいつうも熨斗がかけてあるという行き方。それがなら本部で評判が悪いという元になっておることを昨日聞かせていただいてね。
 ほんとに、神様のほんとのおかげを受けると言う事と、いうならばけたたましい音を聞いて目を覚ますというのと、自然に目を覚ますという行き方。私は「薬が毒だ」と、今の教団で言ったらそう言う事でも、も大変な抵抗があるでしょう。教祖様は「祈れ薬れ、薬れ祈れにするからおかげにならん」とちゃんと教えにもあるじゃないかと。それを私がいうならば、祈れいわば「薬は毒だ」という風に言うんです。薬を飲まんで済むほどしのおかげをいただく。
 ある結核患者の人が、私の話を聞いて、薬は毒だと言う様な意味のことを聞いて、それが合点がいかんと言われた。けれども、私は神様にいただいて、もうこれ何十年も前の話ですけど、神様の前に出らして頂いたら、『大きな、あの今の中国で作る、いわゆるここで言うなら酒饅頭ですね。大きな饅頭(まんとう)という』それをいただいた。私その方にどういう風にして説明してよいか、よいか分からんから。
 神様の前に出て、その求められる返事を答えようと思ったら、その饅頭(まんとう)をいただいたから、実は今のことに対して、私は神様にお願いさせて頂いたら、こう饅頭をいただいた。酒饅頭なんですよ。で神様は又あの応接台の前で話しよったから、『また元の席に戻れ』という言われるから、ま席に戻って、こう言う事を頂いたんですけれどもね、と後で申しましたら、その方が応接台の向こうにおってから。
 「ほうれ見てみなさい、饅頭でもやはり薬を入れなければ、あの饅頭はでけんでしょうが」とこう言われたんです。そん時にも間髪を入れず、私の口から出たのはですね、なるほど薬饅頭もあるけども、自然の、いうならば、あれは何ですか、あのあの支那ではあのメリケン粉を練っておいて、くどの上に置いといてそれを腐敗状態にするんです。それを種にして、あの酒饅頭がでけるんですね。
 だからそういう手は取るけれども、そういう自然で作った饅頭、あのちょうど支那辺りで言う、その饅頭(まんとう)は、酒饅頭なんです。だからあの香りがよくて味がよくて、薬入れて作ると苦い饅頭がでけるのとは、もうだためが違うほどしに、いうなら薬毒のあれもなくて自然の。そしたら相手もなかなか学問してある人ですから、「もうあのやっぱり薬でも、やっぱね饅頭でも薬を入れるじゃないですか」と、言うた間髪を入れず「今の饅頭(まんとう)というのは、その薬を入れずに作った饅頭だ。
 自然で作った饅頭はこんなに香りもよくて美味しいんだ」と言う事を言ったら、もう一遍で分かられて、それこそ恐れ入りましたと言う様な事があったが、なら果してどちらがよいかと、薬を入れて作った饅頭は、いうならば何かのけたたましい音を聞いて目を覚ましたようなものであり、自然のいうならば、あの酒饅頭のほうはね、自ずと丁度その時間に目が覚めたようなものだと言う事なんです。と言う様に開きがあるんです。
 私の親孝行というのは、取って付けたようなものではなくて、いうならば自然が親を大事にしてくださる。それはなら、私の孝心に、いうなら愛でて神様が、親は大事に大事にしてくださる。それを例えば、見るとです、はあ自分は五万円も十万円もするごたあるシャツを着とってから、ほで父親にゃあメリヤスのシャツどん着せとる。という風に言えば、もうほんとにまあ味噌んごと糞んごと言われても、やっぱ仕方がない訳なんです。けれども、そのもう一つ向こうを知るとですね。
 ほんとの親孝行とは、自然のその酒饅頭のような味わいを出して行くと言う事が本当だ。今日私は天地の開ける音と言う事はね、何かそこにたまげる様な事が起こって、はあっと一つ悟りが開けてくるというよりかですね、そういうけたたましいことが、いうならば薬は飲まんで済むほどしのおかげを頂くと言う事。それかと言うて薬を飲んではならんのじゃないけれどもね。
 自然に神様が、御守護を下さる、守って下さると言う様なです、自然の中にそういう神ながらな目が覚める様なおかげを頂く事がです、ほんとの意味において「今天地の開ける音を聞いて目を覚ます」と言う事は本当の事は、そう言う事ではなかろうかという風に聞いていただきました。回りくどう、まあお話致しましたけれどもね、そのためには土万寿です。いつもいうなら、今日は今の所では、天の限りない美しい心、だから人間の美しい心から超越した、天の麗しい心を自分の心としていく行き方。
 そこでならお互いがそういう自然の目が覚める様なおかげを頂く事の為に、大地(たいち)の信心をしよう、土(どろ)の信心をしようと。それこそ黙って受けて受けて受けぬけれる、しかもそれが有難いと言った様な、信心修行をですさせて頂いておる人の上にです、自然に開けてくる、天地の開ける音を聞いて目を覚ますと言う事は、自ずと目が覚めてくると言う様な、おかげを受ける事だという風に聞いて貰いました。
 だからもう絶えず、いうなら私の行き方というのは、もう絶えずこれでよいとは一つも思ってない。より本当の事があったとすりゃ、すぐそれに便乗さしてもらうという行き方。それはどう言う事かというと、いつもなら土の信心を心掛けておる。そしていよいよ広く大きな心を頂こうとしておる。それは大きなおかげを頂かなければならないから、いよいよ広く大きくなる事に努めさせて頂いておる。
 大きなおかげが頂きたいと言うても、狭い心に、いうなら心一つでおかげが受けると言う事は、小さい心なら小さいおかげ、大きな広い大きな心ならば広い大きなおかげが受けられる道理であります。だから大地の信心をさせて頂いておると、土の信心をさせて頂いておると、万寿のおかげはです、天の心は、天のおかげはいつの間にか身についてくる。そして自然に開ける、いうならば心というものがです、そこにまあ約束されるようなもんじゃないでしょうか。
 「今天地の開ける音を聞いて目を覚ます」と言う事を、今日はいうならば自然の音とね、自然にいうならば、明日はいうなら五時の御祈念にお参りをさして頂くと思いよったら、丁度四時なら四時に目が覚めさして頂いた。おかげで五時の御祈念に間に合うたと言う様な方が、気分がいいでしょう。それをけたたましゅう、いわゆる枕時計のそれで目が覚めたというのは、眼が痛かったり、頭がすっきりしなかったりするでしょう。そのくらいの開きがあると言う事を今日は聞いて頂いたんですね。
   どうぞ。